劇作家・演出家の野田秀樹氏(64)が3月1日、自身の公式サイトで「公演中止で本当に良いのか」という意見書を公開した。政府の新型コロナウイルス感染対策としてイベントの自粛を要請したものに対して、公演の続行を訴える内容。読んでみると、何とも身勝手で論理性に欠けるものとなっている。

■野田秀樹氏の意見書「悪しき前例を作るな」

野田氏の公式HP「野田地図」から

 野田秀樹氏の意見書全文は毎日新聞や朝日新聞に転載されているので、ご覧になっていただきたい。その内容を簡単に説明すると以下のようになる。

演劇は観客がいて初めて成り立つ芸術で、スポーツと異なり、無観客では成り立たない。

劇場を閉鎖すると再開が困難になり、演劇の死となりかねない。

感染症撲滅には異議はない。

しかし、劇場閉鎖の悪しき前例をつくってはならない。

上演を目指す演劇人に「身勝手な芸術家たち」との風評が出かねない。

公演収入で生計を立てる舞台関係者のことも考えてほしい。

劇場公演中止は、考えうる限りの手を尽くした上での、最後の最後の苦渋の決断であるべき。

 こうした言い分を述べ、最後に「『いかなる困難な時期であっても、劇場は継続されねばなりません。』使い古された言葉ではありますが、ゆえに、劇場の真髄をついた言葉かと思います。」と締めている。

■劇場公演での感染リスクの高さ

 理解していただきたいのは、劇場公演は感染のリスクが非常に高いということである。屋外で行われるサッカーやラグビー、競馬でさえ中止や無観客で競技が行われている現状。室内の狭い空間に多くの人が詰め込まれる劇場公演は上記スポーツより遥かにリスクが高いことは、素人である僕でも分かる。そうなると感染拡大防止のために、真っ先に中止しなければならないのは劇場公演である。

 感染してもいいという人だけが集まって鑑賞するならいいのではという考えもあるのかもしれない。しかし、その後、それ以外の人に感染する可能性が生じるのであるから、感染を覚悟しようがしまいが、劇場公演を鑑賞すること自体、許されない。

 それなのに、他のイベントとは分けて劇場公演だけを認めてほしい理由は何なのか。意見書を読む限り細かい理由があれこれ書いてあるが「劇場を閉鎖すると再開が困難になり、演劇の死となりかねない。」という一点に尽きると思う。

 劇場を閉鎖するとなぜ再開が困難なのか、理由が書かれていない。その時点でこの意見書は論理性に欠けていると思う。劇場公演は一度中止にしたら、その後、観客は二度と足を運ばなくなる特殊なイベントというわけではないはず。察するに劇団などの経済基盤が弱いために、存続が危うくなるということなのであろう。それはの「公演収入で生計を立てる舞台関係者のことも考えてほしい」と主張していることからも推認できる。

 もし、そうであれば、安倍首相は会見で小規模事業者が直面する課題について強力な資金繰り支援をはじめ、地域経済に与える影響に対策を講じると言っているのだから、その線で救済を求めれば済む話。そうすると劇場公演を中止させるなという主張は、根拠を失っていると言っていい。

■演劇は本当に無観客では成り立たない?

 そもそも演劇が無観客では成り立たないということ自体、疑問。無観客で演じ、ネットなどを通じて有料配信するなどの手段も取りうる。逆にそのことで新しいビジネスにつながる可能性もある。

 そうした自助努力をせずに、最も感染リスクが高い自らの行為を「我々だけ特別に認めて」と主張することが、演劇界のリーダー的存在である人がすることなのか。演劇人である以前に一社会人として恥ずかしくないのか。

 演劇が貴重な文化であることは認めるが、それは、それを許容する社会があって初めて成立するものである。国民が生きるか死ぬかの危機にさらされている社会状況において、演劇が絶対に必要なものである理由などない。

 芸術家としての野田秀樹の名前を汚さないような言動を心がけていただきたいというのが多くの国民の思いであることを、野田秀樹氏は理解すべきであろう。