大型クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号に乗船していた台湾人19名が2月21日、現地時間の午後10時過ぎにチャーター機で桃園国際空港に到着、その様子がテレビで生中継されました。この問題に脅威を感じる人が多い台湾では帰国を歓迎する声がある一方、「戻ってこないで」という声も出ました。日本とは事情が異なる台湾のダイヤモンド・プリンセス号事件の背景をお伝えします。(台北・葛西健二)

■19名の帰国に「拜托不要回来」という声

帰国の様子は台湾でも生中継された(三立LIVE新聞から)

 ダイヤモンド・プリンセス号に乗船していた台湾人は乗客22名及び乗員2名の合計24名。そのうち感染した5名は2月21日現在、日本で隔離検疫措置を受けています。今回、その5名を除く19名が帰国し、直ちに桃園市内の病院などで検査措置を受けることになりました。

 日本でも新型コロナウイルスに関しては連日報道されていたようですが、自国民24名が船内にいた台湾でも状況は同じです。毎日、横浜発のニュースがテレビや新聞で伝えられました。そのため19名が帰国する際にもネット上には様々な声が出ました。

「讚,終於要回台灣(いいね、やっと台湾へ戻ってくる)」

「太好了(とてもいいことだ)」

 以上のように歓迎する声もありましたが、次のような声も出ました。

「回台好好隔離(帰台後はちゃんと隔離してくれ)」

「拜托不要回来(頼むから戻ってこないで)」

 最後のコメントも、台湾人の偽らざる本音でしょう。なぜならダイヤモンド・プリンセス号は横浜に寄港する前に台湾を訪れ、そこで乗客が下船しているからです。海上に隔離された状態の日本とは異なり、直接、新型コロナウイルスの脅威にさらされたのですからナーバスになるのは当然。海外では「PLAGUE SHIP」などと報じられていますが、台湾でも「疫病之船」と報じる媒体もあり、その深刻さが伺い知れます。

■日本はまだ幸運、台湾は「香港、おい!」

 香港政府がダイヤモンド・プリンセス号の乗船者から新型コロナウイルスの感染者が出たことを発表したのは2月1日深夜でした。日本政府は2月2日に香港からの情報提供を受け、2月3日夜に横浜港に到着した同船の検疫を始めたのはご存知の通りです。

 日本政府の対応に批判が集まっているようですが、よく考えてみてください。仮に香港政府の発表が遅れたら、感染者が横浜で下船し感染が一気に広がっていたかもしれません。そう思うと、日本はまだラッキーでした。

 実はこのダイヤモンド・プリンセス号は1月31日午前6時から午後5時30分まで台湾北部の基隆に寄港し、乗船客は台北市内などを観光していたのです。香港政府の発表があったのがその1日後とは…。

 発表に対して日本は「水際で防ぐぞ」と警戒を強めるものだったと思われますが、台湾の場合は「もう遅い!」「もっと早く言えよ!」「香港、おい!」という感じでしょう。

■香港政府の発表を受け緊急メッセージを一斉配信

「災防警細胞廣播訊息」による中央流行疫情指揮センターからの緊急メッセージ(葛西健二氏提供)

 香港政府の発表を受け、台湾の中央流行疫情指揮センターは2月7日午後7時45分、「災防警細胞廣播訊息(Public Warning Cell Broadcast Service)」を通じて台北市、新北市、基隆市地域の居住者向けに携帯電話への緊急メッセージを一斉に配信しました。

 メッセージでは、新北市九份や台北101など、乗客たちが訪れたと推測される場所が示されました。また1月31日の朝6時から午後5時30分までの間にこの乗船客が立ち寄った場所に行った人は、2月14日まで自主的に健康管理を行い、発熱や気道の症状に注意するよう呼びかけています。

 政府が「災防警細胞廣播訊息」で感染症に関する情報を配信するのは今回が初めてです。また2月9日に中央流行疫情指揮センターは、乗船客と接触したと考えられる280人について把握していると発表、その多くはホテルスタッフやドライバー、ガイドであると明らかにしました。

■急いで造った壁に大きな穴が台北に…

 緊急メッセージを受け取った人々の間ではかなりの動揺と不安が起きました。私もこのメッセージを受け取ったとき、まさかの状況に目を疑いました。知人の勤める国内旅行関連の会社では社員を14日まで自宅待機させ、自宅で業務を行うよう決定。台北市迪化街やその付近では感染拡大を懸念し当面休業とする土産物屋や飲食店が出るなど、社会に大きな影響を与えました。

 そして2月21日、(疫病之)船内にいた者が帰国するというのですから、多くの国民が無事の帰国を喜びつつも、同時に不安をかき立てられるのは当然でしょう。

 台湾は日本より早く、そして強力に新型コロナウイルス対策を打ち出しました。それなのに、感染者が繁華街を観光して多くの人と接触していた可能性があるというのですから、急いで造った厚い壁に台北あたりで大きな穴があいていたようなものです。

 そう考えると、台湾人が日本人よりナーバスになるのも、ご理解いただけるのではないでしょうか。

葛西健二(かさい・けんじ)>

 1976年、京都市出身。京都産業大学外国語学部中国語学科、淡江大学(中華民国=台湾)日本語文学学科大学院修士課程卒業。修士論文は「台湾日本統治期初・中期における『理蕃』政策の変遷と『蕃通』警察官ーその役割変化及び言語学習環境ー」。中華民国教育部中国語能力検定試験一級(Master)。1998年11月に台湾に渡り、様々な角度から台湾をウオッチしている。