蔡英文総統の史上最多となる817万231票を集めての再選は、各国でも大きく報じられました。今後の東アジア情勢に大きな影響を与えるであろう、今回の選挙でしたが、実際の有権者は何を考えて投票したのか、そして民進党の戦略はどのように評価されるべきなのでしょうか。身近なところで聞いた話と合わせてお伝えします。(台北・葛西健二)

◾️国民党支持層から民進党への横滑り

台北市内の投票所で投票する人たち(撮影・葛西健二)

 前回の蔡英文氏の得票は689万4744票でした。実は2012年にも同氏は立候補しており、その時は609万3578票で馬英九氏(国民党)に敗れています。大雑把な見方ですが、600万~700万票が民進党の基礎票と言っていいでしょう。今回はそれに120~220万票を上積みして圧勝につなげたことが分かります。この120万~220万がどこから来たのかが問題です。

 先日、知り合いの大学教授と学生5人で食事をしたのですが、話は当然、選挙の話題になりました。聞くと、学生全員が蔡氏に投票したそうです。そのうち2名はそれまで国民党を支持していたそうですが「最近は国民党に対し、良くない印象を抱いている」という理由で民進党に投票したとのこと。このような国民党の支持層からの”横滑り”は確実にあったと考えられます。

 もっとも、蔡氏の前回の得票率は56.12%で、今回の57.13%と大差ありません。それで120万票も上積みできたのは投票率が影響しているのでしょう。前回は66.27%と低かったのですが、今回は74.90%と8ポイント以上、アップしました。想像するに、前回は「勝てるからいいや」と支持者も熱心に投票しなかった者が(台湾は本籍地での投票が義務付けられます)、今回はそのような潜在的棄権者が(台湾の将来がかかっている)と考えて投票所に足を運んだのかもしれません。民進党は潜在的支持者を掘り起こしたという考えです。

■韓国瑜氏のお膝元での反乱、高雄で完敗した高雄市長

 一方、韓国瑜氏は全国得票率38.61%、552万2119票にとどまりました。韓氏の親中派的印象、直近の失言によるマイナスイメージが不利に働いたことが敗因であるのは間違いないと思います。興味深いのは、お膝元の高雄市での得票率が34.63%と低いことです。蔡氏は62.23%と韓氏の2倍近い支持を受けました。現職の高雄市長でありながら当該市民から支持を集められなかったのですから、負けるべくして負けたと言ってもいいのかもしれません。

 高齢者に関しては、国民党が政権与党であることが当たり前と思っている人もいます。例えば私の友人の祖父母は今回の選挙で国民党に投票。理由は「いつもそうだから」、「国民党以外は信頼がおけない」とのこと。2000年に陳水扁政権が誕生するまでずっと政権与党だったわけですから、今更頭を切り替えるのは難しいのかもしれません。

 別の身近な例として、「今回の選挙では選ぶべき人がいないので普段支持している政党の立候補者に投票をした」という話も聞きました。私の妻の友人は今回の投票でかなり悩んだということです。その友人は国民党支持者なのですが、韓氏は昨今の言動や今までの実績を見ても支持はできないと言うのです。とはいえ、蔡氏の中国との対決姿勢もあまり支持できないとのこと。第3の候補である親民党の宋楚瑜氏に投票しても死に票になるのは目に見えているという状況で、仕方なく支持政党の韓氏に「消去法」で投票したと言っていました。

 選挙はそういうものです。熱烈に支持して投票しても、他にいないから仕方なく投票しても、1票は1票としてカウントされます。実は国民党候補の得票率は前回31.04%でした。今回、それを38.61%まで上げているのですから、韓氏なりに頑張ったと言えるのかもしれません。仮にその多くが消去法での1票だったとしても。

■4年に一度の大イベント 歴史的なターニングポイントか

 それ以外では、選挙戦の時点で「柯文哲(現台北市長、台湾民衆党主席)だったら」という声も耳にしました。同氏は医師出身のエリートで、中国寄りではありますが、同時に親米親日でもあります。その柯文哲台北市長の台湾民衆党は、総統選と同時に行われた立法委員(国会議員)選で5議席を獲得し、野党第二党となりました。今後が注目されます。

 台北にいると、今回の総統選が自国の将来に自分の一票が関わっているという、台湾の人々の真剣さを感じ取ることができました。外国人としてそこに参加できない一抹の寂しさもありますが、外国人だからこそ、冷静に見つめることができるという側面はあります。

 民進党については、総統選の前になると「台湾民主」や「対中国」をことさら強調する傾向があるように感じられます。肝心の政策があまり語られず、政治思想、イデオロギーを押し出して支持を集めるスタイルなのでしょうか。その姿勢が近年の状況にぴったりとマッチした部分はあると思います。特に今回は両陣営とも経済や政策に関してはあまり明確にせず、政治思想ばかりがクローズアップされていたように感じられます。それは香港問題も関係しているのでしょう。そう考えると民進党には追い風が吹いたと言えます。

 台湾の将来は中国との関係なしに決められませんから、それに白黒をつける時が来たということなのかもしれません。どこかで決断しなければならないことを、決めるべき時がきたと国民が感じたというのはあながち的外れとは言えないと思います。

 台湾にとって総統選は4年に一度の一大イベント。今回は、その後の歴史の中で大きなターニングポイントと評価される可能性を秘めたイベントと位置付けられるかもしれません。

葛西健二(かさい・けんじ)>

 1976年、京都市出身。京都産業大学外国語学部中国語学科、淡江大学(中華民国=台湾)日本語文学学科大学院修士課程卒業。修士論文は「台湾日本統治期初・中期における『理蕃』政策の変遷と『蕃通』警察官ーその役割変化及び言語学習環境ー」。中華民国教育部中国語能力検定試験一級(Master)。1998年11月に台湾に渡り、様々な角度から台湾をウオッチしている。