1月11日に投開票が行われた総統選は現職の蔡英文総統が史上最多得票の817万231票を獲得して圧勝しました。当選後、勝利宣言に蔡英文総統の隠れたメッセージがあったことはあまり伝えられていません。日本人はなかなか気付くことができないその仕掛けに、政治家としてのしたたかさ、たくましさが感じられます。(台北・葛西健二)

■勝利宣言に含まれた強気と慎重さ

You Tube 蔡英文チャンネルより

 蔡英文総統の勝利宣言は日本でも伝えられました。主な内容は以下です。

・私たちは自由の地、自由の砦を守った。

・選挙結果は台湾の人々の声であり、民主主義の声であり、全世界に届いたと信じる。

・中国はこの結果を正視すべき。

・台湾と中国は台湾海峡の平和な現状を維持する責任がある。

・私は中国に「平和・対等・民主・対話」を呼びかけたい。

 自由と民主主義を守ったという自信に溢れた内容でしたが、同時に中国に平和的な対話を呼びかける、慎重な表現に終始していたのも確かです。2019年1月、中国の習近平国家主席は台湾に対して一国二制度による一つの中国の実現を呼びかけましたが、蔡英文総統は即座に拒否。そのようにはっきりと物を言う総統だけに、当選後、中国に対して慎重な言い回しだったのは意外と言えるかもしれません。

 勝利宣言はそれ以外にも続くのですが、その中の、ある言葉に深い意味が込められていることに、日本をはじめとする海外のメディアは気づいていないのではないでしょうか。

■「台灣孩子」ではなく「台灣囡仔」と言った意味

 蔡英文総統は上記の勝利宣言以外にも、支持者、特に自身に票を投じてくれた若者に感謝の言葉を述べました。You Tubeの「蔡英文チャンネル」で視聴できますが、具体的にはこのように言いました。

 「謝謝你們 你們是勇敢的『台灣囡仔』 」(ありがとう あなたたちは勇敢な『台湾の子』です)

 注目したいのは「台灣囡仔」が台湾語であることです。蔡英文総統は勝利宣言をずっと北京語がベースの「国語」で演説していました。そうであれば「台湾の子」は「台灣孩子」となります。

 しかし、「台湾の子よ」の部分だけ中国福建省南部にルーツを持ち台湾の人口の74%以上を話者とする台湾語で『台灣囡仔』と話したのです。まさに台湾人のアイデンティティーを強調した場面です。蔡英文チャンネルもしっかりと、字幕で台湾語を表示しています。

 ここに蔡英文総統の中国大陸に対する台湾の在り方への考えが窺えます。一言で言えば「我々は台湾人」という意識です。台湾人なら中国人ではありませんから、1つの中国を受け入れるはずがありません。

■蔡英文総統の仕掛け、台湾の政治家のしたたかさ

 中国は2005年に反分裂国家法(日本語では反国家分裂法とされることが多い)を制定しました。その8条で、台湾が独立を宣言した場合等は非平和的手段や必要な措置をとって領土保全をすると規定されています。分かりやすく言えば、台湾が独立を宣言して「1つの中国にはならない」と態度を鮮明にしたら、武力介入するとしているわけです。21世紀の今、他国への侵略を公然と法定する国家も中国ぐらいでしょう。

 そうした背景があるため、蔡英文総統も慎重にならざるを得ません。勝利宣言では中国に対して控えめにしていたのは、それとは無縁ではないと思います。しかし、支持者には「台灣の子」を台湾語で発音することで台湾人のアイデンティティーを強調し、絶対に1つの中国とはならない意思を台湾語を使って示すという”仕掛け”を施したのです。

 中国という強烈なプレッシャーと戦う台湾のしたたかさ、たくましさ。これぞ政治家という姿勢を蔡英文総統は見せてくれたと、私は思っています。

葛西健二(かさい・けんじ)>

 1976年、京都市出身。京都産業大学外国語学部中国語学科、淡江大学(中華民国=台湾)日本語文学学科大学院修士課程卒業。修士論文は「台湾日本統治期初・中期における『理蕃』政策の変遷と『蕃通』警察官ーその役割変化及び言語学習環境ー」。中華民国教育部中国語能力検定試験一級(Master)。1998年11月に台湾に渡り、様々な角度から台湾をウオッチしている。