長男刺殺の熊澤英昭被告に懲役6年の判決

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

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青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。
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 44歳の長男を刺殺し殺人罪に問われた元農水事務次官の熊澤英昭被告(76)に対して、一審の東京地裁は12月16日、懲役6年(求刑懲役8年)の判決を言い渡した。弁護側は執行猶予付きの判決を求めたが、東京地裁は実刑が相当と判断。気になるのは、事件当初の報道と被告の法廷での供述との乖離である。

■熊澤被告の供述は「信用性に乏しく…」

産経新聞12月17日付けから

 産経新聞12月17日付けは、熊澤被告が長男の英一郎さん(44)を殺害に至った状況をこう報じている。

 「殺すぞ」と言われ、「本当に殺されると思って無意識に包丁を取りに行った」「夢中でもみ合い、殺されるという気持ちで刺した」などと述べていた。

 しかし、判決は、あえて恐れていた英一郎さんの元に向かう理由がないうえ、体格差などから抵抗を押し切って殺害するのは「相当困難」と判断。「供述は信用性に乏しく、ほぼ一方的に攻撃を加えたと認められる」と述べ、被告の主張を退けた。

 これを読む限り、被告人としては正当防衛(刑法36条1項)であり、違法性が阻却されてしかるべきという考えのようである。しかし、裁判所はその主張を認めず強固な殺意に基づく危険な行為と認定した。「ほぼ一方的に攻撃を加えた」と認めたのだから、過剰防衛(同条2項)すら成立しない、そもそも防衛行為などではなかったという認定のようである。

■事件発生直後の報道は「殺すしかない」

 事件発生直後の6月3日、僕は報道をベースに記事を書いた(熊澤英昭容疑者「怒りの矛先が子供に向いてはいけない」)。日常的に家庭内暴力を繰り返す英一郎さんに対して「殺すしかない」と記した書き置きが見つかったとこと、周囲に迷惑をかけてはいけないと思い、長男を刺した、などと読売新聞が報じていることを紹介。

 また、隣接する区立小学校で運動会が開かれており、「運動会の音がうるさい」と英一郎さんが不機嫌になるのを見て「怒りの矛先が子供に向いてはいけない」と思い、その数時間後に殺害したと朝日新聞が報じたことも当サイトで伝えた。

 このように当初の報道では、家庭内暴力や、当時、発生したカリタス小学校の生徒への殺傷事件(5月28日)のようなことを恐れ、長男を殺害したというものであった。

■法廷での供述通りなら正当防衛の可能性

 ところが、熊澤被告は法廷では防衛行為であるかのような供述をしたもようである。仮に、熊澤被告の法廷での供述(本当に殺されると思って無意識に包丁を取りに行った、もみ合いになって刺した等)のような事実があれば、正当防衛が認められてもおかしくない。正当防衛が認められれば無罪である。

 しかし、弁護側は無罪ではなく執行猶予付きの判決を求めたとされる。それは傷の多さ、深さから正当防衛の成立は難しいという判断があったのかもしれない。「経緯、動機に同情の余地が大きい」(FNNグッディ)として情状酌量を訴えていたようであるが、過剰防衛についてどう考えていたのか、知りたいところである。

■当初の報道と判決の親和性に留意の必要

 結局、東京地裁は、被告人の行為を「ほぼ一方的な攻撃」と事実認定した。それは当初の報道との親和性が高い判断と言えるように思う。

 もし、熊澤被告が警察で当初報道されたような供述をしていたとしたら、そのような供述調書(員面調書)が作成されたであろう。員面調書は証拠とされることは少ないと言われるが、もしかすると弾劾証拠(刑事訴訟法328条)として、被告人の法廷での供述の証明力を争う証拠として使われたのかもしれない。そうすれば、供述の信用性について裁判所が「信用性が乏しく」としたのも理由がつく。

 その辺りは想像でしかないが、はっきりしているのは、裁判所が熊澤被告の法廷での供述を信用性がないと判断したことである。

 被告人が控訴するか分からないが、判決の報道だけ見ていると、この事案の正確な姿が見えてこないように思う。東京地裁が事件当初の報道に親和性のある判決を下していることは、留意しなければいけないのではないだろうか。

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