俳優の中山仁さんが10月12日に肺腺がんで亡くなっていたことが11月11日、各メディアで報じられた。僕たちの世代では「サインはV」の牧圭介監督としての印象が強い。先月末には女優の八千草薫さんも他界されている。2019年は僕にとって忘れられない方が多く亡くなった年でもあった。

■ベレー帽の国会議員・長谷百合子さんとの出会い

故長谷百合子さんの”職場”新宿ゴールデン街

 10月13日には元衆議院議員の長谷百合子さんが亡くなられた。ベレー帽がトレードマークの長谷さんは1990年に当時の日本社会党から衆議院選挙で初当選。マドンナ旋風の一端を担った。

 僕が彼女に初めて会ったのは2000年を過ぎたあたりだったと思う。知人のライターに連れられて、彼女が新宿ゴールデン街で経営するバー「ひしょう」へ足を運んだ。そのライターから「ここは左翼が集まる店ですよ」と耳元で囁かれ、(イヤなところへ来てしまった)と思ったが、長谷百合子さんの気さくな人柄に惹かれ、それ以後、二次会、三次会で利用させてもらった。

 店は2階にあるのだが、僕がひどく酔っ払った時に長谷さんは急な階段を降りて下まで送ってくれた。その後、深夜のゴールデン街の通りで、あれこれ話したのを覚えている。

 僕は当時、日刊スポーツの電子メディア局に在籍していたので、政治に関してコラムを書いてもらおうとして何度かお願いに行った。当時、長谷さんは社会党の後継政党である社民党について「土○○○子とか、社民党は最低だよ」と話しており、是非とも社民党の実態を公にして欲しかったのだが、実現しなかったのは残念と言うしかない。

 お身体が悪いとは聞いていたが、72歳で亡くなられたのは早すぎる。

■原良馬さんは他社の先輩記者

 今年、亡くなられた方の名前を見ていると、昭和は遠くなったことを感じる。萩原健一さん=傷だらけの天使、モンキーパンチさん=ルパン三世、デストロイヤーさん=うわさのチャンネル、八千草薫さん=岸辺のアルバム、佐々木すみ江さん=ふぞろいの林檎たち、という具合に当時のことが思い出される。

 原良馬さんは僕が日刊スポーツに入社した当時、デイリースポーツで競馬担当記者をされていた。1985年夏、僕が新人の記者として新潟競馬を取材に行った時に、他社でありながら、あれこれとアドバイスをいただいた。その後、フリーになって主にテレビ東京の競馬中継で解説者として活躍されていたのはご存知の通り。

 原さんが亡くなられる1週間前に、公明党の元衆議院議員・草川昭三さんが他界された。僕が記者の頃、よく取材に行った。今、JRAは様々な種類の馬券を発売しているが、そのきっかけ作ったのが草川さんだった。国会で新種馬券の発売に競馬法の改正は必要ないという政府答弁を引き出し、馬番連勝式(馬連)の馬券を発売するように働きかけた。

 1991年に馬番連勝式(馬連)馬券が発売になった後、JRAは次々と新種馬券の発売を開始した。現在、JRAが様々な馬券を発売できているのは草川昭三さんの力による部分は大きい。後日、僕が「草川先生が競馬に果たした貢献は、相当大きいですよ」と秘書の方に言ったところ、秘書の方は苦笑しながら「そうかもしれませんがねえ…選挙で票に繋がる訳ではないですし」と話していたのを思い出す。

■2019年のさようなら 佐々木すみ江さん、モンキーパンチさん…

 年をとると、こうした別れが多くなる。それが年をとるということでもある。亡くなられた方のご冥福をお祈りしよう。どうか安らかに。

<2019年のさようなら>

1月5日:兼高かおる(90)

1月6日:天地総子(78)

2月8日:堺屋太一(83)

2月17日:佐々木すみ江(90)

2月28日:花柳幻舟(77)

3月6日:森山加代子(78)

3月7日:ザデストロイヤー(88)

3月17日:内田裕也(79)

3月26日:萩原健一(68)

4月8日:ケーシー高峰(85)

4月11日:モンキーパンチ(81)

4月24日:小出義雄(80)

4月25日:黒姫山秀男(70)

5月12日:京マチ子(95)

6月6日:田辺聖子(91)

6月13日:千家和也(73)

6月26日:高島忠夫(88)

7月8日:竹村健一(89)

7月9日:ジャニー喜多川(87)

7月12日:純アリス(66)

7月17日:草川昭三(90)

7月24日:原良馬(85)

8月3日:湯浅実(84)

9月2日:安部譲二(82)

9月5日:金野昭次(75)

9月17日:高須基仁(71)

10月6日:金田正一(86)

10月12日:中山仁(77)

10月13日:長谷百合子(72)

10月13日:吾妻ひでお(69)

10月24日:八千草薫(88)

11月3日:眉村卓(85)

※敬称略、( )内は享年