毎日新聞9月20日付け朝刊に「安倍首相が背番号9に苦笑 NZ首相と会談しラグビージャージ交換」という小さな囲み記事が掲載された。安倍首相がニュージーランドのジャシンダ・アーダン首相とラグビーワールドカップの両国の健闘を誓ってジャージーを交換したという話題だが、これが毎日新聞にかかると、おかしな具合に記事が出来上がってしまう。

■オールブラックスのジャージーに「SHINZO」と「9」

毎日新聞のスポーツ新聞化…

 問題の記事は「堀和彦」の署名がある記事で、内容は安倍首相が首相官邸でアーダン首相と会談し、両国代表のラグビーのジャージーを交換したというもの。安倍首相は日本代表のユニホームに「JACINDA」というネームを、アーダン首相はオールブラックスのユニホームに「SHINZO」という名のネームを入れて、交換した。ワールドカップなどでよくある光景である。

 問題は両者のユニホームのゼッケンがともに「9」であったこと。これは今大会が第9回大会に当たることにちなんだものである。ジャージーの交換にあたっては両国の担当者が事前にそこまで打ち合わせすることになるのは当然で、ゼッケンを第9回大会の「9」にするのはよくある発想であろう。

■苦笑いと「憲法9条を想起」

 ところが毎日新聞の堀和彦記者はこう書いている。

「用意されたジャージーの背番号は9。今大会が第9回大会に当たることにちなんだものだが、首相は『憲法9条』を想起したのか、思わず苦笑いする一幕もあった。

 安倍首相の笑いが「苦笑い」なのか、そうではない普通の笑顔だったのか、そこがまず問題になる。その上、その笑いの原因を「『憲法9条』を想起したのか」と安倍首相の内心を想像し、断定的に報じた外形的事実と結びつけるという手法で記事化しているのである。

 この「『憲法9条』を想起したのか」という一文に何か意味があるのか。たとえばアーダン首相が美しい女性で、思わず笑みがこぼれてしまったのかもしれない。自分の名前が入ったオールブラックスのジャージに喜びの表情を見せたのかもしれない。それを本人の内心を勝手に想像して「安倍首相=改憲ゴリ押し派」というイメージを打ち出したいのだろうか。

 書く方も書く方なら、記事を通すデスクもスポーツ新聞レベルである。

■取材で得た感触を入れることは100%悪いわけではない

 こうした記者の想像を入れて記事を書くことは、取材で得た感触から記者の感性などによって解説めいたプラスαを加えることにもつながるから、全て悪いとまでは言わない。しかし、政治的な主張につながる微妙な部分を記者の妄想で書き、断定に近い形で公開することは公正なメディアのすることではない。

 たとえば「アーダン首相の美しさに魅了されたのか、思わず笑みがこぼれてしまった」ぐらいなら、許容範囲内であろう。しかし、重要な政治課題である憲法改正に絡めるなら、記者会見でもぶら下がりでもいいから「ゼッケンが憲法9条と同じ『9』ですね」ぐらいの質問をしてから、書くべき。そう聞くと否定されるから、自分の妄想だけで記事を書いたのであろう。

■堀和彦記者「悪夢」を旧民主党政権への批判と断じた過去

 堀和彦記者は毎日新聞電子版で「首相『悪夢が再びないよう』参院選前に引き締め 旧民主政権念頭に」という記事を公開している(2019年5月9日)。ここでは安倍首相が「悪夢が再びないよう」と語った部分の「悪夢」を旧民主党政権への批判と断じている。

 この記事では「首相はそれに先立ち『民主党政権が誕生し混迷を極めた』と指摘しており、旧民主党政権を念頭に批判したとみられる。」と理由を付している。堀和彦記者にも一定程度の理解力はあるように見受けられる。そうなるとワールドカップのジャージーの記事で、なぜそうした説明をしなかったのかが不思議である。