最近の若者は腕時計をしなくなっているという。実は今日、学校でたまたま生徒の腕時計装着率を調べたら8.8%だった。10人に1人もいない時代になったとは…。腕時計をしているのは、おじさん、おばさんだけという時代なのかもしれない。

■「君たち腕時計しないの?」「してる子はいます」

おじさんの証明? 腕時計

 今、講師をしている駿台さんでは定期試験の季節である。僕も8月中に試験問題を作成し、今日の1限の試験前には生徒に「机の上に出していいのは筆記用具と計算機機能がついていない時計だけです。それ以外のものはカバンにしまってください」とアナウンスした。

 そう言ってから生徒の腕を見ると誰も腕時計をしていないではないか。既に外し、机の上に置いたわけでもない。そもそもしていないのである。腕時計をしていない両手は、まるで小学生の腕を見るかのようであった。

 1限の受験者21名は20歳前後の若者ばかりである。腕時計をしていたのは男子生徒1人のみ。試験が終わってから女子生徒に聞いてみた。

松田:君たちは時計をしないの?

生徒:あまりしません。

松田:スマホがあるから?

生徒:そうですね。

松田:女の子だったら、おしゃれで腕時計をしようと思わない?

生徒:してる子はいますね。そういう子はいます。

 ちなみに僕は仕事にも使うため、腕時計は必需品。最近、CITIZENのソーラー電池の針位置自動修正機能付きを買ったばかりである。3万5000円程度であった。きっと無駄な出費と思われているに違いない。

 2限は留学生のクラス。こちらは17人で装着していたのは中国からの男子留学生1人だけで、残りのベトナム、ミャンマー、韓国、スリランカなどからの生徒は誰一人していない。

 3限も留学生のクラスで、こちらは19人中3人が装着。合計57人で装着していたのは5人で8.8%、日本人に限れば4.8%という低率であった。腕時計離れがここまで、と思わせる数字ではないか。

■20世紀の腕時計 大人の階段へ続くアイテム

高校入学祝い 1976年製造セイコーエルニクス

 僕たちの時代は高校生になる時に買ってもらうのが普通で、腕時計をして学校に行くと「大人になったな」という気分になったもの。僕も高校受験が終わった後に父親に買ってもらった。SEIKOのエルニクス(ELNIX)の懐中時計で1976年で4万円もした。

 今でも手元にあるが、当時の4万円は今なら10万円前後ではないだろうか。普通のサラリーマンだった父親には決して小さくない負担だったと思うが、僕が第一志望の高校に合格したから、奮発して買ってくれたに違いない。20世紀後半、時計は時を知らせるだけのものでなく、大人への階段につながる大事なアイテムであった。

■スマホがすべてを代用、付き合っている相手と時計交換?

 スマホがすべてを代用してくれる時代、腕時計も過去の遺物になってしまっているのかもしれない。スマホを見れば時間が分かるのだから、わざわざ高いお金を出して時計を買う必要などないというのは合理的な考えと言える。

 ただ、昭和の時代に生きた者にとっては、少しばかり寂しい思いがする。今の若者に腕時計の良さも分かっていただきたいのだが…。彼らに「昭和の時代には、付き合っている女の子と時計を交換して自慢していた男がいた」などと話をしても「へ?」みたいな顔をされるに違いない。