現佐渡市長の三浦基裕氏が日刊スポーツ新聞社の社長を解任された2011年6月28日以後、メディアで報じられたのは、三浦社長は日刊スポーツを朝日新聞の完全な子会社にする考えを持っており、それが川田会長の逆鱗に触れたという内容である。果たしてこれは真実なのか。

■日刊スポーツを朝日新聞傘下に…報道の真実性

朝日新聞傘下入り報道は真実?

 解任から8日後に日刊サイゾーで公開された記事「新聞大不況時代にクーデター勃発!? 日刊スポーツ激震の社長交代劇」では「事情通」の話として、以下のようなくだりがある。

「三浦社長は、…親会社でもある朝日新聞社の完全傘下に入ることを主張。要は、日刊スポーツは朝日の子どもになって、守られながら生きていく路線を走り出そうとしたんです。それが、創業家側にとっては気に入らなかったみたいですね。」

 当時、そのような噂が実しやかに社員の間で飛び交っていたのは事実。しかし、それを示す証拠は見たことも聞いたこともない。この日刊サイゾーの記事でも三浦氏が日刊スポーツを朝日新聞傘下に入れようとしていた点について何の証拠も示されておらず、これを頭から信じろというのも無理な話である。

■朝日新聞傘下入り、実現性はほぼゼロ?

 日刊スポーツ新聞社は川田員之会長が過半数の株式を保有している。これを朝日新聞に株の過半数を持たせるためにはいくつかの方法が考えられるが、どのような方法でも支配株主である川田会長の了解なくしては不可能。三浦氏が雇われ社長の身分である以上、その話を朝日新聞に持っていったところで「川田さんは何て言ってるの?」と聞かれて終わってしまう話である。

 三浦氏が朝日新聞との連携を強める方向であったのは、第4回の連載でも書いたように明らか。しかし、さすがに三浦氏とて自分にできることとできないことの区別はつくと思う。そう考えるとこの話は真実ではないと思うし、仮に三浦氏がそのようなことを考えていたとしても実現性はほぼゼロである。

 このような話が出たのは、三浦氏の解任が朝日新聞にも知られないうちに電撃的に行われたことが一つの要因であろう。また、朝日新聞からやってきた取締役が「もう少し民主的なやり方はなかったのか、残念に思う」と川田会長に意見をしたと言われていることが、そのことに拍車をつける形になったと思われる。そうした点から「全くない話ではない」と多くの人が考えたのではないかと想像している。僕自身は全く信じていない。

■川田員之会長へ出したメール「三浦氏解任を支持します」

 僕は早期退職制度を利用して2014年10月末に日刊スポーツ新聞社を退職した。実は退職4日前の2014年10月27日に、川田会長にメールを出している。内容は30年近く雇ってもらったことに対する感謝、そして三浦氏解任に関することである。

 株主総会について一言触れたのは、解任直後の会長による説明が冷ややかな空気の中で行われたこと、また、朝日新聞から来た取締役が批判めいたことを言ったという点につき、従業員としてどうしても言っておきたかったからである。

 個人の考えとして三浦氏解任を支持すること、法的には全く問題がないこと、解任の理由を従業員の前で自ら説明したことへの感謝、そして、差し出がましいようだが自身の決断に自信を持っていただきたいということを書いた。

 僕の日刊スポーツ新聞社の社員として最後の日となった2014年10月31日に川田会長から返信をいただいた。そこには長い間ご苦労様という労いの言葉と、これからの人生を頑張ってほしいという応援の言葉が綴られていた。それを読んだ時に僕は日刊スポーツ新聞社で働けたことの幸運を思った。

 そして、三浦氏解任のことについての記載があった。川田会長からの私信なので、それを明らかにすることはしない。言えるのは、今も昔も僕は三浦氏の解任が日刊スポーツ新聞社にとって最善の方法であったと考えていることである。(次回、最終回)