7月21日は参議院選挙の投票日である。実は注目しているのが滋賀県選挙区。ここは野党4党から推薦された無所属の嘉田由紀子さんと、自民党で二期目を目指す二之湯武史さんの一騎打ちの様相らしい。実は嘉田由紀子さんは僕の地元・埼玉県熊谷市にある埼玉県立熊谷女子高校の卒業生である。

思い出の熊谷女子高校

 僕は小学生低学年の頃、家に帰ると自転車で近所にある熊女(くまじょ=熊谷女子高校の略称・愛称)に行って、友達と一緒に校庭で遊んでいた。今の時代、部外者が入ることなど考えられないが、当時は大らかで僕たち小学生が熊女の校庭でソフトボールで遊んでいても何も言われなかった。高校の授業が終わるとソフトボール部のお姉さんたちがやってきて「坊やたち、終わりだよ~」と言って、僕たちは自転車で別の場所に遊びに行くという感じだった。

 当時の僕たちにとって熊女の生徒は(優しいお姉さん)という印象。そんな秋のある日、僕たちは文化祭に遊びに行った。色々な展示物を見たり、お姉さんたちと話をしたり、お腹がすいたらお菓子をもらうために茶道部で苦いお茶を飲んだりと、子供なりに楽しんでいた。そんな時、たまたま入った教室の中で女性の大きな声が響いた。

 「あなた方は何をしに来たんですか!」

 声の主は熊女の制服を着たお姉さんで、ちょっとチンピラ風の若い男と口論をしていた。何を話していたのか分からないが、若い男が生徒をからかったか何かしたのだろう。お姉さんの剣幕に押されたのか、若い男はそそくさと逃げるように教室を出て行った。僕たちは普段優しい熊女のお姉さんが、怒るととても怖いことを知ったのである。

 僕は昭和45年夏には熊女の近くの家から市内の別の場所に引っ越したので、その事件は昭和42年~昭和44年のはず。当時は学生運動が盛んで、僕が後に入学する熊谷高校はかなり紛争があったと聞くし、おそらく熊女も似たような状況であったのかもしれない。大声を出していた熊女のお姉さんも、そんな感じのタイプではあったように思う。

 嘉田由紀子さんは、プロフィールによると昭和44年3月に卒業しているはずだから、僕は多分、在校生の嘉田由紀子さんと日々、近くにいたはずである。もしかすると、その大声を出したお姉さんが嘉田由紀子さんだったのかもしれない。今となっては分からないが。

 そんな思い出があるので嘉田由紀子さんには(頑張ってほしい)という思いはほんの少しだけあるのだが、HPで公約を読むと「集団的自衛権を容認した安保法制を廃止」などと書いてあるから(ちょっとな~)というのが正直な感想。学生運動の感覚から脱け出せないまま69歳というのもどうなのかな、と(笑)。

 とにかく、滋賀県民がどんな選択をするのか、遠く東京から楽しませてもらうこととしよう。