7月6日付けの朝日新聞の社説は「女性と土俵 開放の議論どうなった」というものである。大相撲で、伝統を理由に女性を土俵にあげないという問題は古くから議論されているが、この点について朝日新聞の主張が何ともお粗末なので紹介しよう。

■土俵上の女人禁制、日本相撲協会の動きの鈍さ

多数決という概念は分かってるよね?

 朝日新聞は女性を土俵に上げることに賛成の立場のようである。しかし、日本相撲協会による動きは鈍い。協会が行なった意識調査(2004年~2007年)を元に、日本相撲協会の八角理事長が談話を出したが、それによると「表彰時にだけ女性が土俵に上がることについて反対が5割以上だった」らしい。そのため、同協会は女人禁制を守るという方向へ動いているわけだが、そこに朝日新聞社説は噛みついた。

 この日の社説で具体的に以下の3点を主張している。

1. 協会の調査は、実際は賛否が拮抗というべきで、賛否が同数だった年もある

2. 調査対象は相撲観戦に来た人

3. 昨年5月の朝日新聞の全国世論調査では、容認派が65%を占めた

 これを見ると調査委対象が相撲観戦に来た人だとトータルで5割以上の人が女人禁制を支持しているが、朝日新聞の全国世論調査では女人禁制反対が65%であることは分かる。これを根拠に朝日新聞は「人気にあぐらをかき、改革を先送りする姿勢を続けるようでは、いずれ困ったことになる」と警告した。

■朝日新聞の主張に合理性はあるのか? 2点の疑問が浮上

 この点に関して、僕は2点主張したい。

(A)調査対象を相撲観戦者にすることには合理性がある

(B)この問題は多数決で決するようなものではない

 (A)について説明しよう。確かに日本相撲協会は公益法人であり、存在や活動が公益に資することが求められる。しかし、実際には相撲に興味がないという人もいるだろう。女人禁制を含む伝統を守りたい大相撲ファンを、観戦経験も興味もない人々があれこれ介入することに合理性が認められるのか。また、女人禁制が女性を理由なく差別し、多くの女性の利益を害しているのならまだしも、そういう事情などなく女性が土俵に上がることの利益も考えられないのに「男女平等」の観点からのみ相撲に無関係の人の意見で伝統が覆されることは許されるべきではない。

 2018年4月の巡業中に土俵上で倒れた来賓を助けるために女性看護師に土俵から降りるように場内放送がされた件では、批判を受けた八角理事長はアナウンス内容を謝罪している。つまり、どのような非常事態であっても女人禁制が優先されるというわけではない。通常の運営時に伝統を守るということだけは、少なくとも女性看護師の問題で確認できているのである。そうであれば、協会の伝統にも一定の合理性は見出せる。

■日本相撲協会の包括的権能を多数決で覆せると考える愚かさ

 (B)については、朝日新聞の世論調査で65%が女人容認を支持したという。しかし、このことは多数決で決めるべきことではない。公益法人が認められた事業をどのように運営をするかは、当該法人に包括的権能がある。

 確かに多数決は民主主義の大原則である。議会で意見が対立して結論が導けない時に、最終的に多数決で決する。しかし、相撲協会の女人禁制問題は民主主義における政治的決着を目指すものではないし、上述のように公益法人の包括的権能に属する問題である。国民の多数決で公益法人の包括的権能が変更されることになるのなら、公益法人の独立性を侵害し、制度自体の存在を揺るがす。

 朝日新聞は別の日の社説でこう書いている。

 「働き方改革法も、参院の定数6増も、カジノ実施法も、入管法改正も、噴き出た異論や慎重論をねじ伏せて採決を強行し続けた」(2018年12月30日付け)

 多数決で決めるべき国会で多数決を批判し、多数決で決すべきではない公益法人の包括的権能に属する問題を多数決で決すべきとしているようなものであろう。多数決の基本的概念が分かっていないのが朝日新聞ということである。