これまで何度か書いた沖縄タイムスの阿部岳記者について、最近も気になる記事があったので触れることにしよう。おそらく記者コラムのようなものだと思うが、一言で言えば「不勉強と思い込み」で書かれた記事である。政治的プロパガンダであれば許されるのかもしれないが、これを新聞という公器に掲載する沖縄タイムスのレベルの低さには驚くしかない。

■人権を守る戦いは自分(阿部岳)たちだけの専売特許?

 記事は[大弦小弦]というコラムの2019年6月17日付け。「香港と沖縄と人権」というタイトルになっている。香港の中国への容疑者引き渡しを可能にする条例改正案に対する反対運動を引っ張りに人権の重要さを説いている。

経営も左に傾くチラシ紙(笑)

 それはいい。しかし、阿部岳記者は人権を巡る戦いは自分たちの専売特許と思っているようで、こんな一節がある。

 産経新聞が「日本は人権守る側に立て」と論陣を張っている。政府に香港市民への連帯を促す。中国の敵は味方、という発想かもしれない。

 僕はおそらく産経新聞と考え方や立ち位置は近いと思うが、守るべき人権の大切さは僕たちのような考えを持つ人間、ほとんど全てが共有していると言っていいと思う。ただ大事なのは人権は無制約に認められるものではないということ。自由は濫用してはならず、公共の福祉のために利用する責任を負うのである。人間が社会的動物である以上、社会との関わりの中で人権とて制約されるときはある。僕は少なくともそれは理解しているつもりで、その関わりの中で人権を守るべきであると考え、それが侵害されるのであれば全力で戦う。人権を抑圧するものと戦うのは何も阿部岳記者だけではない。

■自由には責任が伴うという大原則を阿部岳記者は理解できているのか

 阿部岳記者が僕と決定的に異なるのは、彼が「自由には責任が伴う」という大原則を理解していないことであろう。日本国憲法第12条について学ぶことを勧めたい。

日本国憲法 第12条【自由・権利の保持の責任とその濫用の禁止】

 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

 僕たちが公共の福祉や自由に伴う責任があるという考えを表に出すと、阿部岳記者は「自由を抑圧すべきと主張する人々」と批判するのであろう。そう考えるから、産経新聞が人権を守る立場に立っていることが不思議に映るのだと思う。

■自己決定権を分かってる? 最低限の勉強をしてから記事を書こう

 文章にはそれ以外にも問題点がある。「沖縄でも人々は基地の集中と新設によって危険にさらされ、自己決定権を奪われている」という点である。彼は自己決定権についてどれだけ学んでいるのだろうか。おそらく「自分で全てのことが決定できる権利」という程度にしか考えていないのであろう。

 「自己決定権とは、一定の個人的事柄について、公権力から干渉されることなく、自ら決定することができる権利」(基本講義 憲法 P103 市川正人 新世社)である。沖縄の基地問題で侵害されるとする自由が憲法が保障する自己決定権の対象となるかどうか、一度、憲法の先生に聞いてから書くべきだろう。もし、基地による騒音被害や環境の悪化などが自己決定権を侵害するというのであれば、日本中に駅や空港、ゴミ処理場などの施設はつくれなくなってしまう。居住の自由についても同様である。

 阿部岳記者には、最低限の勉強をしてから記事を書くことをお勧めしたい。