米・イラン関係がきな臭くなっている。両国は1979年のイラン革命以来犬猿の仲であるし、対立の根っこにはキリスト教的価値観とイスラム教的価値観の違いがあるのではないかと思う。安倍晋三首相がイランを訪問したニュースなどを見ながら、そんなことを考える日々である。

■通訳は若くて可憐な女性ばかりだったのが不幸の始まり?

イスラムは難しい…

 僕自身、ムスリム独特の難しさを感じたことがあるので紹介しておこう。1990年代半ばのことであるが、UAE(アラブ首長国連邦)から、日本の競馬の大レースに出走するために競走馬が遠征してきた。東京競馬場の検疫厩舎に入ったその馬のグルーム(厩務員)もムスリムであった。おそらく中東のあまり裕福ではない国からUAEに出稼ぎに来ていたムスリムではないかと思うが、詳細は分からない。

 当時、僕は日刊スポーツで外国調教馬の取材を担当していたので、調教師や騎手ではなくグルームから見た日本の大レースという視点でに話を聞くことを考え、会社も「それは面白い」ということで話を進めることになった。

 JRA(日本中央競馬会)の許可は簡単におりて、外国調教馬関係者を取材するための通訳の監督者であるAさんに話を持っていった。その頃の外国馬の取材は、JRAが外部の会社に通訳の派遣を依頼し、新聞記者とのやりとりをサポートしていた。やってくる通訳は大学を出たばかりの若くて可憐な女性ばかり数名。現場の僕たちにとってはありがたいことこの上ないが、これが後々問題となる。ちなみにAさんは中年の男性で、通訳の会社の管理職だった。

 僕がAさんに取材の趣旨を話して、グルームに取材を申し込むように頼み、Aさんも快諾してくれた。これですぐにでも取材ができると思っていたら、翌日、Aさんが気まずそうな顔をして僕のところへやってくるではないか。

■思わず耳を疑った「女の子がイヤだ、と…」

A氏:例の取材の話、どうしても必要ですか?

松田:ぜひ、お願いします。会社も乗り気でして。

A氏:いや、それがですね、通訳の女の子が全員「イヤだ」と言ってまして…。

松田:どういうことですか?

A氏:あの厩務員を新聞で大きく扱うのはどうなんだ、と…。

松田:普通は騎手や調教師に話を聞きますが、あえてグルーム目線という趣旨です。

A氏:それは分かります。いい視点だと思います。ただ、女の子がイヤだ、と…。

松田:何がいけないんでしょうか?

 僕からすれば、新聞社の記事の内容について、何で通訳が協力したりしなかったりということになるんだ? という思い。何とも話しにくそうにしていたA氏は、仕方ないという感じで話し始めた。

A氏:あのグルームがウチの女の子の顔をジロジロ見て、ニヤニヤしているというんです。

松田:…日本の女性が珍しいんじゃないですか?

A氏:それもあるかもしれません。しかし、そのジロジロ見るのが尋常な時間ではないんですよ。とにかく馬を引っ張りながら、ず~っと通訳の女の子の顔を見続けるんですよ。それもニヤニヤしながらですよ。

松田:それは気持ちのいいもんじゃないでしょうね。

A氏:そうなんです。それで我々も色々と事情を調べました。彼はイスラム圏の出身で、母国では女性はみんな顔を隠しているため、直接女性の顔を見ることはほとんどないそうです。ところが日本に来たら、若い女性が顔を全部出している、と。そうなると、我々の感覚からすれば若い女性が水着で歩いているような感じなんでしょうね。母国では露出することがない部分が出ているということで。それでジロジロ見てニヤニヤしていたというわけです。

松田:仮に水着で歩いていたとしても、ジロジロとまでは見ませんけどね…。

A氏:ですよね! その話をウチの女の子が知って「気持ち悪い」「許せない」ということになって、それで今回の通訳の仕事を引き受けようという子がいないんですよ。自分を卑猥な目で見てニヤニヤしている人の前に出て長時間話をするのは誰だって嫌ですよね? しかも、新聞でヒーローのように扱われるのも納得いかないということもあるようです。

 A氏にここまで言われると、僕もそれ以上のことを要求することはできない。仕方がないので僕の下手くそな英語でインタビューをしようかとも思ったが、聞き取れなかったり、誤訳したりしたら取り返しがつかないということもあって、その企画は断念。幻の企画となってしまった。

 当時はあまり考えなかったが、こういうのも文化の違いなのだろう。習慣が違えば考え方も違ってくる。異文化との交流はこういう下世話な部分から、うまくやっていかないといけないのだなと思う。