今日6月4日で天安門事件から30年になる。1989年当時、僕は20代後半だった。当時、天安門の様子は連日テレビで伝えられており、「どうなるのか」と注目していたが、6月4日に天安門広場に戦車が突入していった映像が繰り返し流された。人民を戦車で踏み潰すのが「人民解放軍」という皮肉。

 昨年、僕は東京にある日本語学校で日本語を教えていたが、生徒は全員中国人だった。授業で時間がある時には、そうした政治の話をすることもあった。日本語教師は政治の話をすると失敗すると言われることもあるし、彼らには彼らの立場もあるから政治の話をする時には「客観的事実だけ話します。僕の見解は言いません。どういう感想を持とうが皆さんの自由ですが、皆さんとその件で論争する気はありません」と断って話をしていた。そのお陰か、これまで生徒からクレームを受けたことは一度もない。

you tubeでは今でもタンクマンの視聴が可能

 天安門事件の話をしたのは2度。1度目は雑談のような感じで「タンクマン」の話をした。天安門広場に突入する戦車の前に一人の男が立ち塞がり、戦車を止めた話である。「自らの命をも投げ出す覚悟で戦車の前に立ちふさがった勇気ある中国人の姿に、当時の日本人の多くは驚き、感動し、そして、彼のその後を心配した」という話をすると、みんな興味深そうに聞いていた。

 単純にそのような事実があったことに対する驚きもあるだろうし、30年近く前の母国の動静を日本が詳細に伝えていたことに驚いたという部分もあるようだった。もっとも、クラスで「タンクマン」を知る者はいなかった。

 授業後、一人の生徒が「どうやってその人のことを調べればいいのでしょうか」と聞くので「タンクマン(tank man)で検索してみてください」と教えると、後日、その生徒が嬉しそうに「先生、タンクマン、分かりました! 映像見ました。すごいですね」と言ってきた。どうやらyou tubeで視聴したようだった。彼らもせっかく日本に来ているのだから、国にいては知ることができないことを知るのは悪くない経験だと思う。

 その何か月後だったか、別のクラスで天安門事件の話をして「中国では天安門事件という単語が検索できないらしいですね」と言うと、生徒は「先生、グーグル自体にアクセスできませんよ」と苦笑していた。そんな中、ある生徒が笑いながら、こう言った。

 「先生、天安門事件どころか『8964』という数字さえ検索できませんよ!」

 何人かの生徒が一緒に笑っていたのをよく覚えている。『8964』とは言うまでもなく、天安門広場に戦車が突入した1989年6月4日のことである。

 僕が教えていたクラスは、受験を控えていたということもあり、多くの学生が「政治の話は関係ない」という感じのスタンスのように見えた。天安門事件やその類の話をしても(中国共産党は、そういうものだから)といった諦めの境地なのか、苦笑するような反応が返ってくることが多かった。愛国的な学生もいなくはなかったが、中国共産党の思想に染まっているような生徒はほとんど見られなかったし、考え方などを聞くと、基本的に日本の若者と大差ない。

 そんなごく普通の生徒と、政治の話が冷静にできたのは僕にとって大きな収穫であったと思う。彼らが帰国し、母国の家族や仲間と話をする時に、日本でのそんな経験を伝えてくれたら望外の喜びである。