縁があって専門学校の教壇に立っているのは以前にも紹介したが、土曜日は外国人相手に小論文の書き方を教えている。昨日5月26日の授業では少し驚かされることがあった。

ベトナム共和国の国旗

 僕たちが子供の頃の日本と今の日本では様々な面で違う国なっているぐらいの変化があるという話になり、その流れで「ベトナムはその頃は戦争の真っ最中だったから、日本以上に違う国でしょうね」と言った。生徒の多数は中国とベトナムからの留学生なのだが、ほとんどが20代前半のベトナム人の学生は(うん、うん)という感じでうなずいていた。

 そこで「僕が子供の頃はテレビでは毎日、ベトナム、ベトナムでした。ニュースでベトナム戦争の様子が伝えられて、『大変だなぁ』と子供心に思っていました」と言うと意外そうな顔をした。彼らにすれば、自国のニュースが連日、日本のメディアで伝えられていたというのが信じられないのかもしれない。今、日本のテレビでどれだけベトナムのニュースが流れるかと考えれば、それも分からないでもない。

 僕は続けた。「ソンミ村の虐殺とかね、本当に許し難いこともあって…」というと、若いベトナム人たちは(何それ?)という顔をしている。

 思わず「君たち、ソンミ村の事件知らないの?」と聞くと「知らない」と声を揃えた。僕の発音が悪いのかと思って、ネットのソンミ村虐殺事件の関連ページをアップしてプロジェクターで示すと、他の生徒も自分のスマートフォンで調べ始めた。ベトナム人同士がベトナム語で話していたが、その内容は分からない。

 「どう? 分かった?」と聞くと「いや、知らなかった」と皆、首を横に振る。ソンミ村虐殺事件が発生したのは1968年3月だから、もう半世紀以上前。20代そこそこの彼らが知らないのは仕方のないことかもしれない。「そうか知らないか…」と僕が様々な思いを込めて嘆息すると、ある生徒がこう言った。

 「(虐殺された事件は)たくさん、ありすぎるからね」。

 教壇に立つ僕が、生徒に教えられることも多い。