久しぶりに毎日新聞社説を読んだら、相変わらずのポンコツぶりを発揮している。5月17日付けのもので、タイトルは「渋谷の路上飲酒禁止 縛られる前にまず自制を」。まずはその内容から見ていこう。

渋谷のスクランブル交差点

 東京都渋谷区が今や観光地とも言える渋谷駅前のスクランブル交差点周辺で、路上の飲酒を禁止する条例を制定する方針を固めた。このきっかけになったのが2018年10月下旬のハロウィーンでの事件。酒に酔った若者が暴徒化して軽トラックを横倒しにする事件が起きた。それ以外にも窃盗や痴漢、盗撮などで逮捕者が20人以上出たことは大きく報じられている。それに対して、渋谷区がハロウィーンなど、特定の時期に限り、路上飲酒を禁止する条例案を6月の区議会定例会に提出することになった。

 路上飲酒を禁止するだけで効果があるかどうかは別として、これはこれでやむを得ない措置ではあろう。現実にハロウィーンと称して集まった人間の一部が暴徒化しているわけで、近隣の住民や商店街の人々の財産や身体を守るためには必要な措置と言っていい。

 毎日新聞もその点はこう書いている。「野放図な若者の行動が繰り返されないようにするため、条例など公的なルールを作って一定の抑止力とすることは理解できる」。

 しかし、その後が問題である。「違反者に罰則まで科すことは必要ないのではないか」と言っているのである。罰則を科さなければ、抑止力にならないのは子供でもわかる。特に暴徒化するような大変な混雑状況の中、条例で「路上禁止」と定めても、違反者にペナルティーがなければ守らない人間が出てくるのは火を見るよりも明らか。罰則規定なしでは実効性が全く担保できないと考えるのが普通であろう。

 そもそも「条例など公的なルールを作って一定の抑止力とすることは理解できる」と書いた直後に、その抑止力が効かない提案をしているのは、単に論理的に考える力が不足していると言われても反論できないのではないか。

 毎日新聞は自由を規制することには極力反対するという体質が、こうした合理性のない論述を生む原因になっていると思う。今回の問題については渋谷の暴動については庇いようがなく、しかも民主的なルールに則ってその規制を行うから反対するわけにもいかず、苦し紛れに「罰則規定をなしにしろ」と書いたというのが真実に近いと思う。

 何ともお粗末としか言いようがない社説である。