昨日5月3日は憲法記念日。朝日新聞も憲法に関する社説を掲げていた。「AI時代の憲法 いま論ずべきは何なのか」。 AIという時代の先端を行く技術と憲法という、一見何の関係もなさそうな所から入っており、しかもその主張が「何だかな~」というものであった。

 「AIと憲法 」を出版した山本龍彦慶應大学教授の話から、こんな例を持ち出している。

 「企業の採用や人事、金融機関の融資の審査といった場面で、さまざまな個人情報に基づいてAIが人間に点数をつける。いったんAIからだめ出しをされると、その理由の説明もないまま、否定的な評価が知らぬ間に社会で共有され、ずっとついて回る。まさに、『個人の尊重』(13条)や『法の下の平等』(14条)という日本国憲法の基本的な原理に関わる問題だ。」

お粗末な社説だと思います

 普通の人が読めば「何だか怖いな」と思ってしまうかもしれないが、少しでも法律を勉強した人間が読めば、鼻の先で笑ってしまう内容である。まず企業の採用、人事、金融機関の融資の審査は民間が行うものであり、民間対民間の間では私的自治の原則が支配する。そして最大判昭和48年12月12日(三菱樹脂事件)は憲法の規定について「もっぱら国または公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互の関係を直接規律することを予定するものではない」としている。

 朝日新聞もそれは分かっているのかもしれない。だから「基本的な原理に関わる問題だ」と、結論部分で憲法の原理に問題を矮小化しているのである。しかし、それを言うなら私的自治の原則も憲法13条の幸福追求権に含まれると考えるべきであろう(22条の営業の自由などで考える方法もあると思うが)。企業が効率良い経営を目指したり、金融機関が融資の審査でより合理的に判断するためにAIを導入することに国家があれこれ口を挟んでくることなど許されないし、それこそ違憲である。

 こうした議論を進めた結果、朝日新聞は憲法の定める普遍的な原理を守っていくために、時代の要請に合わせて憲法の条文を見直した方が良いとの結論に至る可能性もあるかもしれない、とする。改憲を容認するかのような主張には驚かされるが、そこにしっかりと条件をつけている。曰く、徹底した議論の先に行われなければならない。そして、安倍政権の憲法論議は真摯なアプローチとは全く逆の姿に見えるというのである。極めて抽象的に表現すれば、朝日新聞の改憲は良い改憲、安倍政権の改憲は悪い改憲、ということらしい。しかし、朝日新聞さん、良く聞いてくれよ。

 改憲がいいか悪いかを最後に決めるのは国民である。

 憲法の改正のためには最後は国民投票で過半数が必要なことぐらい知っているだろう(96条1項)。安倍政権が目指す改憲が真摯なアプローチであってもなくても、最終的に判断するのは国民である。「首相の主張は、『改憲ありき』のご都合主義にしか映らない」と書いているが、自分の改憲を良い改憲とする論法こそが、ご都合主義の最たるものに気づかないのか。

 また、最後にこうも書いている。「憲法に縛られる側の権力者が、自らの思い入れで、上から旗をふる改憲は、社会に亀裂をもたらし、憲法の価値をかえって損なう恐れもある。豊かな憲法論議は、主権者である国民が主導するものであるべきだ」。主権者の国民から選挙で信任を得たのが改憲を主張し続けている安倍政権。その事実を忘れてはならないし、その上に国民投票があるのだから、最後の一文は合理性を欠く主張であるのは明らかである。