令和の時代、明けましておめでとうございます。

 昨日はお世話になった方や親しい方に「平成の時代はお世話になりました」とメールを送ったら、多くの方から返信をいただいた。昭和生まれにとっては3つめの元号、「年をとった」と感じる瞬間でもある。

令和の時代の始まり

 僕の年齢はどうでもいいが、こうして改元があると日本は天皇制の国であると改めて思わされる。昨日の退位礼正殿の儀、今日の即位後朝見の儀をテレビで見た人は多いと思うが、天皇陛下と皇后陛下が壇上に立たれ、多くの参列者に向き合われた。

 そして参列者の中から安倍首相が進み出て、国民を代表して言葉を述べたわけだが、その様子を見ていると、内閣総理大臣より天皇の方が権威があると感じた人がほとんどではないだろうか。子供が見れば「総理より天皇陛下の方が偉いんだね」と言うような関係とでも言えばいいのか。吉田茂元首相が平成の天皇陛下の立太子礼(昭和27年)の時、文書の署名に「臣茂」と書いたのは有名な話。新憲法下でもそういう意識の首相がいたのだから、そう感じる人がいても何の不思議もない。

 もちろん新憲法下では天皇は政治的権能を持たないわけで(日本国憲法4条1項)、政治的には無力の存在である。法的には「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」(同1条)という、説明しようにもうまく説明できない地位にあるわけだが、それは様々な回路を通じて「天皇陛下が一番偉い」という感覚に昇華されているような気がする。それがいいことなのか悪いことなのか、僕は言わないが、それが日本という国の文化や価値観の底流にあるのは確かだと思う。

 若い人の皇室に対する思いは、戦争を知る世代とは当然異なるだろうし、団塊の世代とも異なるように感じることが多い。今は若い世代になるほど安倍内閣への支持率が高いという。だから若い人は保守的などと言う気はさらさらなくて、彼らは保守と革新、右と左みたいな単純な図式で分けられた旧世代とは決定的に異なる、柔軟な価値観を有しているように思う。

 マルクスばっかり読んで思考停止状態になっている団塊の世代より、今の若い人の方が遥かに合理的な思考をすると僕は思っている。そういう若い世代が、今回の改元、そのベースとなる天皇制をどう感じているのか、感じるようになるのか、興味深い。