イチロー選手が3月21日に現役引退を発表したが、一流の選手が引退した時に以前の番記者が思い出話を語るのはよくあるパターン。先日、スポニチ(スポーツニッポン新聞社)にその類の記事があったが、これが「何だかな~」という記事だったので紹介しよう。番記者だったという幡篤志氏の「【歴代番記者が語るイチロー】最初で最後の怒り顔に見た深い夫婦愛」である。

スポニチひでーな(笑)

 これは弓子夫人に関してスポニチが誤報を掲載、それにイチロー選手が激怒して抗議し、記事を訂正させたというものである。まずは記事の冒頭部分にご注目いただきたい。

 「弓子が朝から泣いていたんですよ。なぜだか分かりますか?」

 イチロー担当広報から携帯に連絡が入った。「イチローが話があると言っているので青濤館まで来てくれない?」。2000年10月14日の朝だった。

 この書き出しは悪文の典型だろう。まず冒頭のセリフは「弓子」と言っているからイチロー選手が発したのは明らか。それに続く文章が「イチロー担当広報から携帯に連絡が入った」。読者は(冒頭のセリフは担当広報が言ったの?)と混乱したまま読み進めることになる。しばらく状況説明が続いた後で「神戸市にあった合宿所、旧青濤館の応接室で待った。51番がソファに腰を掛けるなり口にしたのが『弓子』だった」という部分まで言って、ようやく(冒頭のセリフはここで言ったんだな)と想像がつくというものである。

 イチロー選手のセリフが衝撃的であるから冒頭に置いて注意を引きたかったのだろうが、そのセリフの説明の後に別の話を始めているから、訳が分からない文章になってしまっている。

 そこは単に文章が下手というだけだからまだいい。問題は内容面。そもそも発端は、イチロー選手がポスティングシステムでメジャー球団と交渉することが発表され、スポニチがその真相に迫るとして3回の連載を書き、その2回目で弓子夫人に関する誤報を書いてしまったことである。そしてその時のイチロー選手について「こんなに怒った顔を見たのは最初で最後」と書いた。そのことを引退会見で妻に「感謝の思いしかない。一番頑張ってくれたと思います。妻にはゆっくりしてもらいたい」と語ったことに結びつけ「変わらぬ夫婦愛が、希代のスーパースターを誕生させたのだと思う。」と結んでいる。

 紹介されたエピソードは幡篤志氏らが弓子夫人についてありもしない事実を書いたのが原因。家族について嘘や悪口を書かれて怒らない人などいないだろう。自分の悪口よりも、家族の悪口を言われた方が腹が立つことは、多くの人が経験しているのではないだろうか。当たり前の反応をするイチロー選手の姿を見て「素晴らしい夫婦愛」などと書くことは、見当違いも甚だしい。

 しかも「それがスーパースターを誕生させた」と全く関係のない結論に結びつけているが、この結論はいかにもスポーツ新聞的である。変わらぬ夫婦愛とスーパースターの誕生がどのような因果関係があるのか一言も説明がない。イチロー選手が結婚したのは1999年12月だが、1994年から1999年まで6年連続で首位打者となっており、既にスーパースターであったと言っていい。そのような時系列を考えても、夫婦愛はあったのかもしれないが、それが直接的にスーパースターになった原因とは、およそ考えられない。もう、お金をもらって読んで貰う文章のレベルではない。

 幡篤志氏なる記者はあまり論理的な思考のできない人なのだろうと思っていたら、最後に現在の肩書きがあり「大阪本社報道部長」! ひでーな、スポニチ(爆笑)。