日本新聞労働組合連合(新聞労連)が2月5日に、首相官邸に対して抗議する声明を出した。報道によると首相官邸が昨年12月28日に特定の記者(東京新聞社会部の望月衣塑子氏であろう)が質問の前提について事実誤認があることを指摘。「このような問題意識の共有をお願い申し上げるとともに、問題提起させていただく」と内閣記者会に対して文書で要請したのである。

いい加減、自分が癌だと気づかないか

 これに対して記者会は「記者の質問を制限することはできない」と伝え、2月5日には新聞労連が「今回の申し入れは、明らかに記者の質問の権利を制限し、国民の『知る権利』を狭めるもので、決して容認することはできない。厳重に抗議する」とした。さらに会見中に報道室長が「簡潔にお願いします」と注意している点につき「事実をねじ曲げ、記者を選別」しているとした上で「ただちに不公正な記者会見のあり方を改めるよう、強く求める」と声明を出したのである。

 特定の記者が東京新聞社会部の望月衣塑子氏を指しているのは明らかだが、官邸は「質問の前提が間違っているから気をつけてくれ」と、ごく当たり前のことを言っているにすぎない。これに対する新聞労連の「明らかに記者の質問の権利を制限し、国民の『知る権利』を狭めるもの」という声明は全く当たらない。官邸が「前提を間違える質問を続ける記者は質問する権利を制限する」と言っているのならまだしも、質問する権利の制約には何ら触れていない。新聞労連の方が官邸の話の前提をねじ曲げている。

 そもそも「知る権利」について、新聞労連はどれだけ分かっているのであろうか。報道に関する「知る権利」は「表現の自由を情報の受け手の側から再構成する触媒としての機能」(基本講義憲法 市川正人p137)と考えていい。国民にとって官房長官の記者会見は、国民の知る権利の観点からして、貴重な機会である。それが前提の誤った質問によって、我々国民は間違った情報を刷り込まれるおそれがあり、それはまさに知る権利の侵害である。極論すれば、能力の低い記者、あるいは政治的目的をもって故意に間違った前提の質問をする記者と、それを擁護する者こそが、我々国民の知る権利を脅かしていると言っていい。

 新聞労連は声明でこうも言っている。

 「記者が事実関係を一つも間違えることなく質問することは不可能だ」

 一体、何の冗談であろうか。そんなレベルの低い記者しかいないのなら、記者会見などやめて、政府が一方的に情報を流すだけでいい。

 東京新聞社会部の望月衣塑子氏の質問は何度か目にし、耳にしているが、政府を非難するという一定の政治目的のため、大した準備もせずに質問しているように、僕には感じられる。僕たちが欲しているのは事前に十分、下準備をし、公正中立、客観的視点からの質問によって成立する記事である。それができないのならもはや新聞、メディアの価値などない。

 パブロフの犬のように、反射的に権力に反対するだけのメディアに同調するほど国民は愚かではない。新聞労連や東京新聞社会部の望月衣塑子氏に言いたいのは「君たちこそが国民の知る権利を侵害している事実にいい加減、気がつけよ」ということである。