箱根駅伝で青学が総合2位に終わり、ちょっと寂しい気分の1月4日。今日は朝日新聞の社説を見てみよう。タイトルは「日本経済のこれから 目指す社会像の再確認を」。音声データはこちらから。

頑張った分だけ貰うのが、みんなの願い

 この日の社説は、簡単に言えば、これからの日本経済の行方に重要な社会のあり方を、朝日新聞なりに提言したもの。国際経済の動向に触れつつ、外国人労働者の受け入れを含めた国際化は望ましい道筋であるとしながらも、日産のカルロス・ゴーン元会長の例を挙げ「報酬や賃金が世界水準に野放図に引き寄せられると不平等が拡大してしまう。最適点を模索するには、正面からの議論が必要だ」と主張している。つまり企業のトップが給料を貰いすぎという状況から「報酬・賃金の格差が上下に引き伸ばされる可能性をはらんでいる」と格差社会の到来を防ぎなさいと言っている。

 色々と突っ込みたい部分はあるが、今回は高額報酬の例として「官民ファンドの経営者や日産のカルロス・ゴーン前会長」を挙げていることの不適切さについて解説しよう。

 会社の取締役の報酬は会社のトップが自分で勝手に決められない。社長が勝手に自分の給料を決められるとすると、それはどうしても多めにしてしまうからである。そこで社長を含む取締役の報酬は会社法361条1項に「定款に当該事項を定めていないときは、株主総会の決議によって定める」と規定し、会社の所有者である株主が「これぐらいならいいだろう」と承認した額しか貰えないようになっている。これは会社法を勉強すると「お手盛りの禁止」といった表現で説明される。

 それは朝日新聞も分かっているようで高額報酬の例を挙げた後で、しばらくしてこう付け加えている。「法制度の問題であると同時に、企業の経営者や従業員、株主の判断も問われる」。朝日新聞の社説担当者も会社法は読んでいるようで、企業のトップの高額報酬は株主が決め、株主はその報酬が適切だと思われるから承認しているということは分かっているようである。しかし、それによって株主が「格差社会が生まれるから社長の報酬を下げよう」などと考えたら、優秀な経営者は「そんな会社でやってられるか」と逃げ出してしまう。

 以上のように、企業のトップの高額報酬の問題は政府の問題ではない。もし、企業のトップの報酬を法規制するようなことがあれば、それは自由主義経済体制の根幹を揺るがしかねない。だから市場の原理、民間に任せているわけで、格差の拡大の例として挙げた企業のトップの高額報酬については、政府には何の責任もない。

 つまり、この日の朝日新聞の社説は、政府に社会のあり方の改善を求めながら、政府が介入できない事例を持ち出して政府批判しているという合理性のない社説なのである。

 最後に、社説全体について言及しておこう。

 朝日新聞が理想とする社会は、儲かったお金をできるだけ格差が生じないように平らに分配することのようである。それは「社会保障と再分配を強化する」という部分に現れている。

 しかし、ものすごく頑張った人も、あまり頑張らなかった人も、実質的な収入がそれほど変わらないのであれば、必死に頑張ろうという人は少なくなる。頑張る人が減れば社会全体の活力が失われ、経済成長もなくなる。競争なきところに成長はない。結局、朝日新聞の主張の根っこには貧者こそが正しい、金持ちからたくさん税金を取ってやれという発想が透けて見える。

 一昔前の学生運動をしていた人たちの発想に近いものがあると言っていい。きっと、社会保障だけで生きていきたい怠け者は、朝日新聞の主張を支持するであろう。