窪田順生氏の「五輪『日本大躍進』報道のウソ、日本がメダル量産国になれない理由」という記事が週刊ダイヤモンドの「DIAMOND on line」にアップされている。窪田氏については貴乃花親方の記事「貴乃花親方をめぐる窪田順生氏の文章の非論理性」の時も書いたが、論理性・合理性を欠き、そもそも主張の前提となる部分が不確定で信頼性に乏しく、その脆弱な前提の上に主張をしていくという文筆業を営む者にとって致命的な欠陥があることを指摘した。

窪田氏の文章を掲載するメディアはいかがなものなのか・・

今回の記事も似たり寄ったり。前文に「日本はメダル量産国ではないのに」とあるが「メダル量産国」という定義があるわけでもなく、11個(記事が出た時点で10個)のメダルを獲得すれば「量産国」と言っても別に間違いというわけではないだろう。

「30個のメダルを獲得しているノルウェー(1位)や、23個のドイツ(2位)という本当のメダル量産国」という文章もあるから、彼の中では大会15日目時点で23個とっていれば「メダル量産国」であり、10個だと「メダル非量産国」なのだろう。何を基準にしているのか分からないが。たとえば17個とか14個の国は量産国なのか、非量産国なのか。そんな線引きができるわけがない。

メダルが1個か2個しか取れない国から見れば、日本は十分に量産国であろう。それなのにタイトルが「日本がメダル量産国になれない理由」。自分で勝手に量産国とは何個以上と決めて、それにはなれないと言われても「あなたが勝手に決めた基準に達するかどうかなど、どうでもいいことだ」というのが普通の人間の反応であろう。

僕は大学4年の時にマスコミを受験するためのセミナーで作文を教わっていたが、そこで言われたのが「勝手に自分で誤った前提を決めて、その上に主張を重ねていくのは悪文の典型」ということ。つまり、これからマスコミの世界に入ろうという大学生が最低限知らなければならないことを知らないと言われても反論はできないであろう。正直、このレベルの文章を掲載する週刊ダイヤモンドの編集がどうなっているのか、興味がある。

そして、窪田氏の文章の最後は、こんな形でまとめられている。

(1)「がんばれ日本!」という言葉は、1964年に公開された映画のタイトルが端緒。

(2)これはナチスの宣伝五輪となったベルリン五輪の記録映画「民族の祭典」から日本人選手の活躍を抜き出して編集したものである。

(3)制作総指揮は、多くのナチス・プロパガンダ映画でメガホンを取ったレニ・リフェンシュタール。

(4)「がんばれ日本!」という全体主義丸出しのスローガンから卒業することから始めよう。

これもどうなのかと思う。僕は「がんばれ日本!」という映画は知らなかったが、「民族の祭典」や、レニ・リーフェンシュタールは多くの人が知っているであろう(窪田氏表記の「リフェン」より「リーフェン」の方が原音に近いと思う)。「民族の祭典」がナチスのプロパガンダ映画であったのは事実としても、この映画自体の評価は非常に高い。芸術作品として優れているが、ナチスのプロパガンダとなっているというのが実態に最も近いと思う。

文章を読む限り、彼は「がんばれ日本!」というスローガンは、ナチスのプロパガンダ映画からもってきた映画であり、ナチスは全体主義だから、そこから抜き出した「がんばれ日本!」も全体主義に毒されており、そこを端緒としたスローガン「がんばれ日本!」は全体主義丸出しと言っているのであろう。

一体、この出来の悪い連想ゲームで何を主張しようとしているのか。この文章に納得する読者はいるのだろうか。本当に、週刊ダイヤモンドの意図が分からない。