ジャーナリストの江川紹子氏の冬季五輪・平昌大会でのフィギュアスケートに関するツイートが炎上している。

羽生結弦選手の金メダル、宇野昌磨選手の銀メダル獲得後に「テレビの人へ。『日本人スゴイ!』じゃなくて、『羽生選手すごい!宇野選手すごい!』だから。」とつぶやいた。

このツイートはないでしょ、江川紹子さん

これに対してコメントが1000を超え、様々な批判が浴びせられている。江川さんがどのテレビを見て、何を言わんとしているのか、ツイートだけでは正確には分からない。察するに羽生選手、宇野選手の快挙について「日本人スゴイ!」というのは正確性を欠くという趣旨なのだろう。

解釈としては以下のようなものが考えられる。

(1)フィギュアスケートで金・銀獲得について、日本人もすごいけど、本来賞賛されるべきは羽生・宇野両選手である。

(2)フィギュアスケートで金・銀獲得について、日本人がすごいのではなく、羽生・宇野選手が傑出していた結果である。

江川氏がどちらの意味で使ったのか分からないが、多くの人は(2)の意味でとらえたのだろう。僕も文章を一読した後、(2)の意味で受け取った。仮に江川氏が(1)の意味で使ったのなら、言葉不足、表現不足だと思う。ジャーナリストを標榜するならメッセージは二義を許さず明確に発するべきであり、ジャーナリストとしての資質の欠如と指摘されても仕方がない。

江川氏が(2)の意味で使ったとしたら、見識を疑う。羽生・宇野選手の活躍は当然、彼らの個人的資質によるものが大きい。しかし、選手個人にどんなに資質があっても、それを活かせる社会的な体制が整っていなければ五輪で頂点に立てないのは明らか。それはインフラ整備もそうだし、競技の裾野の広さ、それを支える社会状況や人々の理解など多岐にわたる。特に羽生選手の場合、震災の影響でいったんは競技を諦めようかというまでに追い込まれながらも、被災者から励まされたこともあって競技続行を決めたという経緯がある。つまり、個人の努力と周囲の応援、物心両面のサポートがあって二度頂点を極めたのである。

羽生選手が優勝後、インタビューでまず「多くの人のサポートが」と口にしたことは、そうした日本社会、日本人の素晴らしさへの感謝の気持ちを含んでいるのは明らかであろう(他国の人のサポートへの感謝も当然あるはず)。テレビの発言者が何を考えたか分からないが、そういう意味で「日本人すごい」は何ら間違ってはいない。

その点を江川氏はどう感じるのか。その視点がすっぽりと脱け落ちているように感じられ、邪推かもしれないが(羽生選手らの快挙がナショナリズムに反映されるのが嫌)という程度の考えしかないように、僕には感じられる。

個人的にはオウム真理教に関する一連の報道では、江川氏は尊敬に値すべき仕事を行なった。それは掛け値無しに評価できる。しかし、その後の活動を見ると法律関係の勉強不足が目につくし、今回のように理解力不足なのか、表現力不足なのか分からないが頓珍漢な物言いが目立つ。

彼女が日本を代表するジャーナリストの地位にあることは否定するものではないが、肝心の中身がお寒い状況ではいずれ、人々からの信頼を失うことを自覚した方がいい。