われわれライターが記事を書くためには、取材をしなければならないことが多い。今年1年様々な媒体で書かせていただいたが、取材をせずに書いた記事、調査やその分析等で書いた場合を指すが、それは1割ぐらいじゃないかな。年初は純粋に法律の解釈などの文章が多く取材の機会はなかったが、それ以後はほとんど取材して書く原稿だった。

ライターは取材が命

今更言うまでもないが、取材こそが基本。今のスポーツ新聞の記者はちゃんと取材していると思うけど、僕が入社した頃はかなりいい加減だった。

日刊スポーツに入社直後、先輩記者があるプロ野球の球団の監督に電話で取材をしているのを横で聞いていた。その監督が弱気なコメントをしていたようで、先輩記者はメモした後でこう言った。

「監督、ダメですよ、そんな弱気じゃ。もっと強気なこと言ってください」。

聞いたことを伝えるのが記者の仕事ではないのか? 翌日の新聞を見ると、その監督が強気なコメントをして、それが見出しになっていた。自分が予定している原稿に合わせてコメントさせたのか? その記者は僕より1年先に入社したのだが、いつも(これぐらいできて一人前だぜ)みたいな感じで後輩に接していた。彼は、僕が入社早々幻滅したことを多分知らないだろう。

この類の話は結構ある。僕がサッカー担当になった時に他社の野球出身の記者が自慢そうにこんなことを言っていた。

「おれ、○○選手と××選手のサイン書けるんだ」

「そうなんですか」

「そうだよ、よく書いたから。本物と見分けつかないぐらいだね」

「選手のサインを真似できて、何かいいことがあるんですか?」

「選手も忙しいから、頼まれたサインを書いてる暇なんてないだろ? だから、代わりに書いてやるんだよ。サービス、サービス」

それ以後、その記者とは現場で会っても極力接触をもたないようにした。彼の話が本当なのかどうか僕には分からないが、彼と話をすることに意味を感じなくなったのだ。

繰り返すようだけど、今の記者がどういう取材をしているか知らないし、少なくともコメントを言わせたというような話は聞いていない。というより、選手の話について他社の記者と「コメント合わせ」というのをして、聞き漏らした場合に相互に助け合うことをしていると聞く。それもそれでどうかと思うが、自分に都合のいいコメントを言わせるよりは、遥かにマシだろう。そんな新聞を買いたいとは思わないが。

フリーランスになると、取材の大事さを記者の時代より感じる。取材こそが記者の命。昔の愉快ではない思い出を教訓に、来年もいい取材ができるようにしたいと思う年の瀬である。